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148 松尾芭蕉と夢紀行 -その5 . はてなブックマーク  Twitter   2006-04-11

5)その5

 私はこれまで、主に岩波文庫本によって「おくのほそ道」に親しんできた。跋文の末尾に「元禄七年初夏 素竜書」とある、いわゆる素竜清書本を底本としたものだ。
 これは、能書家である柏木素竜が芭蕉の依頼を受けて浄書したもので、芭蕉自身、その後の旅行中にも携行していたといわれている。芭蕉自筆草稿が世に現われるまでは、最も信頼すべき原本とされてきたものである。
 
 書写を終えてから、改めて芭蕉自筆本と素竜清書本を底本とした岩波文庫本とを比較してみた。
 すると驚いたことに、あちこちでかなり異なっていることが判明した。一つや二つではない。清書する際に素竜がかなり自由に振舞っているのである。芭蕉がひらがなで記しているのを漢字に直してみたり、芭蕉が用いている漢字を変えてみたりと自由奔放である。

 たとえば、岩波文庫本では、
“行春(ゆくはる)や鳥啼魚(とりなきうを)の目は泪(なみだ)”
の句の前に、
“前途三千里のおもひ胸にふさがりて、幻(まぼろし)のちまたに離別の泪(なみだ)をそそぐ。”
とあり、泪という字が立て続けに用いられている。
 ところが、自筆本では、俳句では泪の字が用いられているものの、地の文では涙の字となっており、明らかに区別されている。日本語では、「てにをは」にせよ漢字にせよ、同じ調子を避けるのがよいとされており、並はずれて文章にうるさかった芭蕉が、わざわざ泪と涙とを書き分けているのである。
 あるいは、草加の段で、餞(はなむけ)という字が用いられているが、これも自筆本では「花むけ」とされている。餞(はなむけ)と花むけとでは読み方とか意味合いは同じでも、ニュアンスが随分違うのではないか。
 尚、同じ草加の段で、「路次(ろし)の煩(わづらひ)」というフレーズが見えるが、自筆本では、「路頭(ろとう)の煩」となっている。「次」が「頭」と変っているのである。もっともこれは、素竜が書き換えたのではなく、次と頭の草書体がよく似ているところから、岩波文庫本の校注者が読み違えただけのことかもしれない。
 このような違いが、漢字だけでなく、てにをはとか漢字の読み方にも多く見受けられる。

 中でも気になったのが次の2つの句である。
“あらたうと青葉若葉の日の光”
(自筆本では「あなたふと」なっており、“あら”と“あな”では全く違った俳句になってしまう。)
“蚤虱(のみしらみ)馬の尿(しと)する枕もと”
(自筆本では「尿」の字に芭蕉自らバリと振り仮名をつけている。従来、尿をシトと読み慣わしてきたのは、この句の少し前に、「尿前の関」という固有名詞があり、尿前をシトマエと呼んでいたことに加え、バリと読むと品が落ちるのではないかと考えたからのようである。これも校注者の判断であり、素竜の責任ではない。
 しかし、改めて、
“蚤虱馬の尿(バリ)する枕もと”
と詠んでみると、風狂の俳人に似つかわしい句であることが分かる。)

 岩波文庫本は芭蕉自筆本と較べてみると相当以上に多くの違いが見受けられるものの、底本となった素竜清書本は、芭蕉が自ら手許におき、部分的に手を加えて直したりしているのであるから、それなりの意味を持っている。決して排斥すべきものではない。
 ただ、私にとっては、かなりの時間をかけて書写した自筆本であるだけに、自筆本に愛着が湧いている。芭蕉独特の書きぐせの文字が躍動し、随所に紙のキリハリがなされ、生々しい推敲の跡を残している自筆本は、日本語の達人であった天才が残した制作のプロセスを辿ることのできる、またとないものである。

 ゆったりとくつろいで座ることを、わが愛する出雲弁では「ねまる」という。元禄時代の東国にも同じ言葉があったようである。芭蕉が東国の地を旅し、「ねまる」という土地の言葉に感興を受けたのであろうか、俳聖は、心暖まるもてなしを受けた感謝の思いを、「ねまる」という方言に託して一句の中に封じ込めた。名句である。
“涼しさを我宿(わがやど)にしてねまる也”

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