携帯 - コメント一覧 - 更新記録 - サイトマップ  

MA引かれ者の小唄

フォレスト・コンサルタンツ
icon HOME icon 会社案内 icon 冤罪を創る人々 icon 引かれ者の小唄 icon 経済事件ノート icon 山根治blog

144 松尾芭蕉と夢紀行 -その1 . はてなブックマーク  Twitter   2006-03-07

8.松尾芭蕉と夢紀行

1)その1

 勾留中、房内で古典の書写に没頭したことは既に述べた(“書写と古代幻視”)。
 書写という単調な作業は、実際にやってみると意外に面白く、しかも単に目で追って読むのに較べて、はるかに作品の理解が進むことを実感した。ゆっくり書き写していると、いわば作者の息吹きとでもいったものが、行間から伝わってくるのである。

 古来、印刷技術が発明されるまでは、全て書写という手作業によって書物が複製され、広められ、伝えられていった。それは気の遠くなるような作業であったに違いない。しかも、日本においては、鉛筆とか万年筆が用いられるようになるまでは、墨をすり、筆で書き写していたのであるから尚更である。
 自分で時間をかけて書写をするまでは、書写は単に作品のコピーを作るだけのことであると思っていた。今では、本のコピーなど複写機をつかえばいとも簡単に、しかも短時間でできてしまう。昔の人は、なんて無駄なことに多くの時間をつかっていたものだと思い込んでいたのである。

 しかし、自分で書写を体験してみて、このような思い込みが間違っているのに気が付いた。昔の人が多くの時間を、書き写すことに費やしたのは、まぎれもない事実ではあるが、決して無駄な時間を費やしていたのではないことに気付いたのである。
 書き写すことによって作品に対する理解が深まる、あるいは書き写すことによってはじめて理解できることがある、-このようなことに思い至ったとき、眼からウロコが落ちる思いであった。

 勾留中の独房内では、奈良時代の古典の書写を行ったので、シャバに出て自由の身になったら、平安時代の古典の書写にとりかかるつもりであった。古今、新古今で一ヶ月、源氏で三ヶ月もかければ十分だと考えていたのである。

 保釈されてから直ちに古今和歌集の書写にとりかかった。ところが書き始めて2,3時間もしたら飽きてしまった。机に向って書き続けることができなくなったのである。新古今和歌集とか源氏物語へいく前に、古今和歌集のはじめのところで挫折してしまったのだ。
 思うに、久しぶりのシャバは、俗物である私にとって余りに誘惑的であり、刺激が多すぎたようである。好きな本を自由に読むことができ、好きなテレビは見放題だ。四六時中、クラシック音楽のシャワーを浴びることもできる。そしてなによりも、酒とバラの日々が復活した。落ち着いて机に向えるわけがない。

 昨年のことである。二年前からホームページに連載していた「冤罪を創る人々」が、10月4日で終了した。自らの10年間を、できるだけ客観的にふりかえることによって、私の中に若干の心のゆとりが生じた。また、一年間島根大学に通って教わった古文書学も一通りの成果をあげた。古文書についても、更に学習を深めたくなった。

 再び書写がしたくなったのはこのような背景があったからであろう。せっかく古文書を勉強したのだから、このたびは活字本ではなく、自筆本によって書写をすることにした。

 松尾芭蕉の「奥の細道」の書写を始めたのは、昨年の11月25日のことであった。書写の手本にしたのは、芭蕉自筆「奥の細道」(岩波書店刊)である。平成8年11月26日、新聞各紙が、「芭蕉自筆奥の細道発見」として大きく取り上げた自筆本を影印したものだ。
 平成8年の11月26日といえば、291日の勾留を終えて保釈されたのが11月12日であったから、シャバに出てからまだ日が浅く、一種の拘禁症状から脱しきれていないときである。各メディアがこぞってこの大発見を取り上げて大騒ぎしてはいたが、私の記憶にはとどまったものの、それ以上のものではなかった。自分自身を持ち直すのに精一杯で、当時、このようなものに気持ちを振り向けるゆとりがなかったのであろう。

144 松尾芭蕉と夢紀行 -その1 (2006-03-07) . はてなブックマーク  Twitter  


関連するカテゴリー

前後のページ

このエントリーへのトラックバック

   [告知] ※トラックバックスパムが多いので、トラックバックの受付を停止いたします。(2006-08-08)


このエントリーへのコメント

   [告知] ※コメントの書き込みができない場合があるようですが原因を特定することができないので、コメントの受付自体を停止いたします。(2015-03-31)

[661] Re1:144 松尾芭蕉と夢紀行 -その1 投稿者:百々 征夫 2006-03-09 22:58:55
9・11事件の真相と背景
http://www.jca.apc.org/%7ea...
を少し読みました。
気持ちがふさいで何も出来なくなりました。
政治というものはこんなものなんでしょうか。
[669] Re2:144 松尾芭蕉と夢紀行 -その1 投稿者:百々征夫 2006-03-11 17:27:49
あらかた世の中の恐ろしき動きを見尽くしたようです。
頭がしびれる感じでしたが、ようやく落ち着きました。
心鎮めて物を見る。仏の悟りをまねしたくなりました。
ユダヤの動きも、アメリカ、ロシアの動きも、じっと冷静に見ておればいずれ反撃できると思えるようなりました。
イラクで劣化ウランで被爆している自衛隊員もかわいそうですが、イラクの人はもっと大変です。
今は何も出来ませんが、いつの日か手を取り合えるようになりたいと思います。
近代兵器におそるるなかれ。
いつの日か、いつの日か、落とし前をつけてやる。
[694] Re3:144 松尾芭蕉と夢紀行 -その1 投稿者:百々征夫 2006-03-17 23:31:57
ここは私の棲家としたい。
五郎さんもてっぺいさんも、邪魔しないでね。
つまらぬことで一日を潰してしまう私ですが、安部譲二さんのオフィシャル・ページと、ここのWeb だけは覗いておかねばならない。ここでやっとストレスが取れる。
西行に松尾芭蕉。いつかゆっくり読みたいと思うけど、なかなかチャンスに巡り会えない。いい話を聞かせてくださいね。
[767] Re4:144 松尾芭蕉と夢紀行 -その1 投稿者:百々征夫 2006-04-06 23:03:57
夢想家の夢なんぞ公表すべきでない事は重々承知している。しかし自分を励ますためあえて公言しようと決めた。
悪は取り除かれるべきである。しかし犬の遠吠えのように吠え立て批判しても悪は無くならぬのである。
そして又他人の情報というものは、現場にいくと信用できぬ事も多い。物凄く強固な敵とされるものが意外とスキだらけである事も多い。
私は現場で戦いたい。
現場での戦いは武器などを振りかざして行うものではない。人と人との対話である。
実力者と対話の出来る人間になる。
それが私の方針である。
いかにしてそんな位置に踏み込めるか。
今は分からぬ。
そこに至るには遠い道のりがあるであろう。段階をおって近づくしかない。
今はその最初の段階へ至ろうと努力している所である。
具体的に言おうかとも思ったがさすがにそれはいえない。
日本を変えようと思うなら、アメリカや中国も視野に入れなければならない。日本は自給自足の出来る国ではないのだ。正義の国になろうとしても、アメリカに農産物を押さえられたらお手上げなのだ。
小泉さんを批判するのはたやすいが、アメリカに足をとられぬように日本を変えていく事は難しい。
難しいからといって諦めるわけにはいかぬ。
名も無い私には悔しさがある。
大学を敵と呼び、あるいは大学なんてねぇといってた奴らが大学の学長になり、教授になっているのだ。
このままくたばったら、そいつらにいい思いをさせて、満足したまま死なせてしまうのだ。
偽善者は許せない。
いつの日か、そいつらを批判してやらぬと気が済まぬ。
皆さんご自由に悪を批判してください。
私は悪を消滅させる闘争を目指します。

Copyright©2004-2017 "Forest Consultants Co.,LTD". Powered by Nucleus CMS v3.65.