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140 房内放送 -その1 . はてなブックマーク  Twitter   2006-02-07

7.房内放送

1)その1

 私が松江地方検察庁に逮捕されたのは、10年前の平成8年1月26日のことであった。堀江貴文氏が証取法違反容疑で逮捕されたのが、この1月23日のことであったので、季節的には同じ頃である。
 厳寒のこの時期、松江刑務所拘置監と東京拘置所とは場所が異なっているとはいえ、あるいは、年齢的にも当時の私は53歳で、堀江貴文氏とは二十歳も年齢が異なっているとはいえ、ある日突然に、天国から地獄に突き落され、ほとんどの自由が奪われたことについては同じである。
 
 1月16日のライブドア強制捜索以来、新聞、雑誌、テレビなど、多くのメディアから取材の申し込みとか原稿執筆の依頼があったり、あるいはニ、三の政治家から調査協力の依頼があった。
 私がそれらの申し込みとか依頼の全てを断ってきたのは、一つには堀江貴文氏とライブドアについては、昨年私のブログで連載した中に書き尽しており、現時点でコメントすべきことがないためであり、二つには、そもそも私の論述は全て公表された資料にもとづくもので、私の手許には極秘情報など全くなく、取材などに応ずる理由が見出せなかったからである。
 加えて、堀江氏と同じような体験をした者として、マスコミのバカ騒ぎに巻き込まれたくなかったというのが本音である。理由はどうあれ、国家権力によって身柄を拘束され、全人格を否定されるに等しい辱しめを受けた点では、堀江氏も私も同断であるあるだけに、手の平を返したように堀江氏を糾弾し、あることないことを興味本位に取り上げて、世紀の大悪人であるかのように騒ぎ立てているマスメディアに強烈な違和感と嫌悪感を抱いたのは事実である。

 私は再逮捕され、その上第一回公判が開かれた平成8年5月7日までの100日間、接見禁止措置がとられていた。その間、弁護人(私の場合は3人)以外との接見は禁止されており、手紙のやりとりもできなければ、新聞の購読もできなかった。独房にはテレビもなければラジオもない。当然のことながら電話などあるはずがない。

 外の世界で何が起っているのかを知るルートは、弁護人と房内放送の2つに限られていた。現在東京拘置所に勾留されている堀江氏も、同じような状況であろうと思われる。禁断症状が生ずる位の、いわば情報断絶の世界である。

 房内放送。

 房内に備えつけてある小さなスピーカーから、一定時間流れるものだ。起床時の音楽に始まり、連絡事項とか昼と夕方に10分位のニュース、あるいは音楽が断続的に流され、夕方6時以降は3時間ブッ通しで、いくつかの番組が編集されて流され、就寝時間である夜の9時3分位前からの就寝の音楽で終る。

 逮捕された当初は、ショック状態でパニックに陥っていたことに加え、持ち込んだ防寒用の衣服が十分でなかったために房内でブルブル震えていたこともあって、房内放送は気持ちをいらだたせる騒音以外のなにものでもなかった。軽いノリで喋りちらすディスク・ジョッキーとか、掛け合い漫才にいらだち、気持ちが晴れるどころか、かえって私の気分は落ち込んだ。精神的にも肉体的にもゆとりがなかったからであろう。

 四、五日して逮捕時のショックも少しはおさまり、房内に防寒着が入ってきたことによって身体が暖まり、本とノートと筆記用具が入ってきたことによって心が蘇ってきた。
 それまでは耳障りな雑音であり、わずらわしい存在でしかなかった房内放送が気にならなくなったばかりか、心待ちにする楽しみへと変っていった。
 房内放送の内容が変ったわけではない。私の精神と肉体の状況が変ったために、房内放送をスンナリと受け入れることができるようになったのである。客体は絶対的な存在ではなく、認識する主体によって変容するということであろうか。学生時代に格闘してブチ負かされた、カントの認識論を体感したのかもしれない。

 放送プログラムの定番は歌番組であった。何ヵ月かにわたって繰り返し流されていたもので、今でも記憶に残っているのは、パフィーの「アジアの純真」、「これが私の生きる道」と、NHKの新ラジオ歌謡として放送された神野美伽の「私の一番きれいだったころ~白線流し~」である。
 これら3つの曲はともに、私がシャバにいたならばまず耳を傾けることのない類いのものだ。しかし、独房という閉鎖空間で繰り返し聞かされているうちに耳になじんでしまい、私の記憶に定着することになった。
 パフィーのなんとも調子のいいセリフとメロディー、「白線流し」の暗い調子のしらべ。
 今でもこれら3つの曲を聴くと、独房で過した日々が私の想念の中で瞬時にして甦る。とりわけ「白線流し」は、夜の7時から8時前後の薄暗い房内で流されると私の気分を滅入らせる働きをしたものであるだけに、今でもこの曲を耳にするたびに、小さな蛍光灯のあかりにぼんやりと浮かぶ独房が想い出されてくるのである。

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