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松江の庭-2 . はてなブックマーク  Twitter   2010-05-25

 『松江の庭』の、いわば扇の要(かなめ)となるのが籠の端(かごのはな)である。宍道湖から大橋川への流れの入口にある、湖に少し突き出たところだ。広辞苑によれば、はな(端)とは物の先端部の謂(いい)であり、松江では籠の鼻とも言い習わしている。籠の端地区は、現在の松江市魚町の一部であり、家屋の数もわずか数軒といった狭いエリアである。

 子供の頃、祖母の知り合いの家(うち)が籠の端にあった。私たちが「籠の端のおばさん」と呼んでいた女性が、よく祖母のもとを訪れては長話をしていたことを想い出す。「おばさん」とはいうものの、今にして思えば30才前後の若い女性である。夫婦ゲンカのグチを聞いてもらために祖母のところにかけ込んでいたようである。
 私にとっての籠の端は、祖母と籠の端のおばさんの想い出と深く結びついている。60年も前のことではあるが、その女性より年上であった祖母の、お茶をふるまいながら聴き役に徹していた姿が鮮明な記憶として蘇る。
 
 明治時代、松江市に鉄道が開設されるまでは、交通運輸の主軸は宍道湖-大橋川-中海-日本海へと続く海運であった。松江大橋の南詰めは松江の港として機能しており、文字通り松江の表玄関であった。籠の端から八軒屋町・和多見町に至る100mほどの川岸には、いくつかの舟つき場があり、積荷を上げ下ろしする商人達で賑わっていた。
 第二次大戦が終り、籠の端のおばさんが元気に歩き回っていた頃、運輸の主軸はすでに鉄道に変っていた。
 ただ、自動車がほとんど普及しておらず、道路網も未整備の状態であったために、海上輸送もいまだ健在であった。ポンポン蒸気と呼んでいた汽船の発着場が松江大橋南詰めにあったほか、川への降り口も大橋川の両岸のあちこちに残されていた。橋の北詰めと南詰めには、手こぎの貸しボートがあり、新聞配達のアルバイトで稼いだ小遣銭をはたいては松江の庭でボートを楽しんだ。

 現在、汽船の発着場も、貸しボートもなくなり、川の両岸にあった、川への降り口も一部を残すのみとなった。しかし、当時の面影だけは、しっかりと残っている。赤御影石(あかみかげいし)で化粧された松江大橋が70年前の姿そのままであるだけではない。大橋川の両岸には島石(大根島産の石)と呼ばれている玄武岩の昔ながらの石組みが残っているからだ。
 明治時代に一年余り松江に滞在した、小泉八雲ことラフカディオ・ハーン。当時の松江市民は親しみをこめて「へるんさん」と呼んで敬愛した。日本文化を高いレベルで理解していた、ハーンがこよなく愛した松江の景観の中でも、松江大橋界隈は最も印象に残るものであったようだ。
 50年前私は、大学受験に失敗して受験浪人を余儀なくされ、一年間の浪人生活を松江で過した。英語の勉強の一環として、その時に出会ったのがラフカディオ・ハーンの作品であった。『怪談』を楽しんだほか、松江市と松江近辺の記述であふれている『知られざる日本の面影(The Glimpses of Unfamiliar Japan)』を楽しく読んだ。小柄であったこの異国の人は、私達日本人に劣らない繊細な感性と明快な筆致をもって、当時の松江を鮮やかに切り取っている。このため私は、明治の松江が彷彿として浮かんでくる思いを、臨場感をもって味わうことができた。ハーンが「カラコロ橋」として世界に紹介した木の橋が石の橋に変りはしたものの、松江大橋界隈の景観がしっかりと残っていたからだ。

 私たちが大橋川改修事業に反対している(「大義名分なき公共事業」参照)のは、この事業が、しなくてもよい、あるいはしてはならないムダな事業であるからばかりではない。両岸に残された伝統的な石組の護岸を撤去して大橋川の川幅を大幅に広げ、老朽化を大義名分にして、歴史的文化財と称しても過言ではない、今の松江大橋を壊すことによって、私達松江市民の多くが長い間心のよりどころとしてきた、かけがいのない歴史的景観を破壊してしまうことになるからだ。
 松江大橋があるからこその、「松江の庭」である。その松江大橋が破壊されてしまえば、「松江の庭」も様変りとなり、単なる湖水面と化してしまい、水の都松江市の、かけがいのない貴重な景観が永久に失われてしまうことになるであろう。
(この項つづく)

 ―― ―― ―― ―― ――

 ここで一句。
“猫に手を貸してやりたいほどのヒマ” -勝浦、ナメロー。
(毎日新聞、平成22年5月8日付、仲畑流万能川柳より)

(猫の手も借りたいほどの忙しさ。猫、猫と気安く呼ぶな、こうみえて、我輩それほどヒマじゃない。)


松江の庭- 平成22年5月17日撮影

大橋川南詰より
大橋川南詰より籠の端を望む
大橋川南詰より
大橋川南詰より籠の端を望む
松江大橋より籠の端を望む
大橋北詰より籠の端を望む
松江大橋より籠の端を望む
大橋北詰より籠の端を望む


松江の庭-2 (2010-05-25) . はてなブックマーク  Twitter  


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